白いカーネーション

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母の日
「母の恩の深さを人々に悟らせる方法を考えましょう」

しみじみこんなに考えることは今までなかった。


  1908年5月10日(この日が5月の第2日曜日でした。)のこと・・・・。
  アンナは、フィラデルフィアの協会で母親の追悼式を開きました。
  追悼式では、母親の好きだった白いカーネーションを捧げ
  参加者に1輪ずつ手渡しました。
  その後、アンナは「母の日」を祝日にする活動を続けます。
  6年後の1914年、5月の第2日曜日は「母の日」と制定され
  国民の祝日となりました。

  アンナの母、ミセス・ジャービスは
  牧師である夫を早くに亡くします。
  戦争や病気で8人の子供を失いながらも
  残った2人の娘を、女で一人で育て上げた強い母
  であると同時に、社会活動家でもありました。
  •1985年「Mothers’Day Work Cloub」を結成
  病気や貧しい人のための募金活動や
  食品検査、公衆衛生活動を行いました。
  •南北戦争時に中立を宣言し、南北双方の兵士を看病します。
  •「Mother’s Friendsship Day」を企画
  南北戦争時に、双方の敵意をなくそうと試みたイベント
  南北双方の兵士や地域の人々を招き大成功を収めます。

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